午前のうちに、少し前に習ってまだ単語カードを作り切れていなかった(そして頭に入り切っていない)体関係の単語カードを机一杯に広げて、とりあえず片面は記入終了。途中で英語の方の綴りの間違いなども見つけたりして情けないやら時間がかかるやら。昨日の続きの自分で作った作文の方は録音から起こしきれず時間切れで先生を迎える。昨日病院を受診したお子さんは今日は学校に行けたそうで、まずは感謝。詳しくは聞かなかったが、同級生にも同じような病気の子がいるとか。 今日は、6種類ある動詞の変化の3つ目まで終了。あと3つも今週中に終わらせる予定らしい。今日も最後は漫画のような絵を見ながら作文。早速習った文型を使ってみたりするが、まだまだ「あー」「うー」が多いし、先生の助け舟も、「これはまだ習ってないけど」というのが入ってきたり、まだパーツが足りてないんだなあと思わされる。動詞の変化が一区切りついたら少し自由になるのだろうか。今までならった事が全部頭に入って自由になっているわけでもないのだが。 今日はスピリチュアル・エンファシスの3晩目。今までの復習や今日他の部署で語られた事も交えながら、全ての仕事は神様に通じる、ということなどが語られる。奴隷制度のあった当時、その中でクリスチャンになった人たちがいて、その人たちに語られたメッセージと、雇い主に語られたメッセージをコリント人への手紙の3章、4章から。特にその仕事の「マスター」になる、という事が心に留まる。 前述のように、まだまだ「マスター」への道は遠い。日本で近所の図書館で集中して借りた、オーストラリアの児童文学作家の作品の一つで、あちこちに散ってしまった宝石を集めて一つのベルトにはめていく話があったが、今はまだパーツ集めの段階か、とも思う。 今日もインターネットが…と書きかけて、病院のWi-Fiを発見。おお、と思ってつないでみるがつながらず。でもイーサネットは使えるようになっていて速度も速く、感謝。2日前に届いていたメール等に返信。 写真は新10シリングと新20シリング。拡大すると何だかわからない画像になってしまうが、10がライオンで20がゾウ。まだこの辺では新しいコインはなかなか見かけない。先日キリンのついた1シリングがあったのに撮り損ねてしまった。5シリングはまだ見ていないので動物は不明。いずれそのうち。
今週休みだった日の埋め合わせで明日もあるのに、10分休みを挟んでの今日のクラスの後半は、集中力の維持が非常に難しい。特に前半の最後で、「とりあえず出来た!」と思った宿題の訳文のいくつかが、「実はこの文は頭についているはずのこれが省略されている文章なので、それを考慮して訳すとこうなります。」というパターンに何度かひっかかっていて、「え?え?」とちょっとパニック気味になりながら訳し直しながら理解しようとしながら、で消耗しすぎたのかもしれない。昨日気ばかり焦って結局机で寝てしまったのも非効率に繋がったようだ。前に自分で読んだ教科書で、日常会話では「私が」という言葉をいちいち言わずに話す事がよくある、とか書いてあるのを読んで、日本語みたいだなと思ったことを思い出したが、他の「あなたは何々しなさい」という文章でもそのパターンがあったとは。知らない事や分からない事を学ぶための時間なんだから、いちいち過剰反応してどうする、と一人突っ込みをする余裕はこの時は無かった。 体が勝手に本来なら今日が今週の最終日だー、と主張していたのかもしれない。今週は割合他の事をせずに語学に集中できていたように思うのだが、(あるいはそいのせいか)今日のクラスの後は、他の事を間に挟まないと張り詰めた頭がもうこれ以上何も受け付けられない感じだったので、停滞していたこともあり、久しぶりにブログの更新。毎日すぐ書いておけば毎日山ほど書く事があったはずなのに、色々忘れていて勿体無い。 3日分送れたところでスピリチュアル・エンファシスの最終日へ。こちらも、折角の内容なのに時々集中力が途切れてもったいない。長年従事してきた事でも神様の恵みによってあらたに取り組めるように祈りたい人はいますか?はまさに自分の事。最後のお祈りに心を合わせる。 明日のクラスは久しぶりに午前、という事は予習復習の時間がほとんどない?!という事なのだが、集中力の切れた顔をしていたのか、その辺の時間配分を先生も考慮されたのか、宿題が出なかったのは助かった。 帰ってからは、クラスも大切なのだが、日曜の昼に10人以上の方を迎えて昼食、という責任にも間に合わないといけないので食堂を片付けたり。根本的な解決でなく、よそに移動するだけの不本意な間に合わせ。 写真は樹上高く真っ赤な炎(フレーム)のような花が咲く、ナンディ・フレーム。この近所のキプシギ族と同族のようなナンディ・グループにちなんでのことだろう。以前ナイロビの先のティカという町では、ティカ・フレームと呼んでいた。もっと他の地域に行ったら、また別の名前で呼ばれているかも。
あまり時間配分が上手くいかないまま授業に突入。でも、宿題がなかったのと、昨日習った動詞の変化の例と例文をひたすら重ねていく内容だったので、少し頭が冷えて、昨日習った動詞の変化の使い方というか考え方というかが分かってきたような気がする。ただ、今までの変化で見られたようなある程度の規則性が見られる動詞もあるものの、一概に当てはまらないので、先生も「この動詞はこれ、と覚えるしかない」とおっしゃっている。ふむむ。日本語を習い始めた外国の人に、「これは何でこうなるの?」と聞かれて、「いや、普通そうだからそうなんだけど、改めて聞かれると…」というレベルまでしみついてしまえばよいという事か。 授業の後、昨日温めて結局食べずに寝てしまったうどん風のスパゲティを昼食に、その後あれも、これも、と思いながらもなかなかエンジンがかからず、ずるずると時間は速くたっていく。結局大した進展もなく日曜日になってしまう。 写真は構内のアボカドの木。枝切りや近所の人達の収穫で、1個しか枝に見つからなかったが、写真におさめるとなるとなかなかはまらず。みつかるでしょうか?
9時からの礼拝前に出来るだけの事をして礼拝へ。スピリチュアル・エンファシスの講師だった先生が礼拝のメッセージを取り次いで下さるが、いつもの11時頃には終わらない。先週の内容の中に、「奴隷というのは給料が支払われない」と聞いて、「そういえばそうだった」と思ったが、奴隷だったとしても、また給料をもらえる仕事だったとしても、のちに神様からの支払い、報いがある、というのも心に残っていた。ただ、悪く蒔いたらその刈り取りもしなければならない事も話されていて、自分の場合、土曜日の進展の無さを今刈り取る羽目になっているのだなあと後ろ髪をひかれながら教会を後にする。あと20分位で終わるだろうなと予想されるのだが、13時に昼食開始、とするために、その20分の余裕が無いことも明白。折しも、メッセージは仕事に忠実である事、また現地の言葉のエプロンの由来などが語られていて、これはやはり行くしかないという事か、と後押しもされ。 今日は帰ってすぐに動きやすい服装に着替え、30分刻みでアラームを鳴らしながら、部屋の片づけの残りと時間のかかる調理を並行して行う。裏から出す予定のテーブルセットには届かなかったが、大体間に合って感謝。ただ、小さい子を入れて15人くらいの予定だったのが、2人キャンセルが携帯で入ったのを加味しても半数の5人くらいだった。そうそう、週末はこのパターンも結構あったんだっけ、と思い出す。土日は移動日なので、日曜到着の人が諸事情で遅れたり、病院で知り合ったスタッフの教会に呼ばれて思ったような時間配分でなかったので帰れなかったとか、週末外に出る予定があったがこちらに連絡を忘れたとか。20人分くらい用意して、助っ人に呼んだ長期滞在の人1人だけ、みたいな時もあったっけ。それでも今日は当直のK医師が午後の緊急手術の前に腹ごしらえするチャンスがあって良かった。また、デザートのメインがパイだったので、添え物として小さく準備したアイスを、好きな人が複数お代り出来たのも良かったようだ。 昨日のうちに出すものを色々、飲み物の氷や食後のコーヒーや紅茶に添える砂糖にクリームに牛乳にカロリーオフの甘味料も含めて書き出して、一通りそろえられた、と思っていたが、助っ人にお願いしたB宣教師に、途中で「紙ナプキンある?」と言われ、「すっかり忘れていた!」と慌てて出す。B宣教師がすでにお皿にご飯をよそったゲストの方々に配って下さり、その後も今日は「冷たい」とか言いながら、全身でデザートのアイスクリームを味わう小さい子がいたので、度々活躍した。この子は来週も来る予定なので、おしぼりもいくつか用意した方がよさそう。 残った食事は自分で来週までに消化できるとは思うのだが、折角なので近所におすそ分けもし、後は小分けして冷凍と冷蔵。一段落ついて既に3時半近くになっているが、今日あるはずの3時からの婦人部の集会どうなんだろう、礼拝の前半ではアナウンスが無かったが、と気になって、失礼とは思いつつ担当の方に携帯メールを送ってみる。色々後処理もしているうちに「あります」と返事が来たのでそのまま教会に上がると10数人分並べた椅子の輪の中に、出席者が二人。遅ればせながら3人目に入れてもらい、メッセージに耳を傾け、その後のとりなしの祈りに参加。終わって教会を出るともう5時近くなので今度はWGMの宣教師の祈祷会へ。今日はカボソン牧師学校で卒業式があったので出席者はB宣教師と私だけ。B宣教師が用意した聖書のことばを開いて下さってその後様々な課題について交互に祈る。最後はいつも通り、頌栄を賛美して終了。 今日の夕食はお昼の残りですぐに出来た。ただ、夕方断続的に停電があり、電子レンジが回ったかと思ったら停電、すぐ復帰したのでまたセットして回り始めた数秒でまた停電、というのを何回か繰り返して、コンロでした方がいいかと思う頃にようやく停電が止まった(?)ので最後まで温めた、という顛末。 写真は構内の木3本。たぶんアカシア系だと思うのだが、丁度良いところに太い枝が出ていたりして、小さい子用のブランコが2種類吊るされている。ツリーハウスがつくられたこともあったが、老朽化と汚染が進んで取り壊しになった。最後の木などは、もともとそういう形なのか埋まってしまったのか、かなり小さい子でも木登り気分が味わえる枝ぶりとなっている。
朝から謎解き。土曜日にB宣教師がナイロビのR宣教師からの預かりものを届けて下さった。「ちゃんと休んでる?」と愛にあふれたメモとチョコレート。子供の大好きなRさんは、子供の看護のほかに宣教師の子供たち(中高生以上も含めて)の面倒をよく見て下さるのだが、私にもその愛を時々届けて下さる。一緒に日本語で書かれた書類。「うちから出てきたのだけれど、たぶんあなたのだと思って…」とメモがついているので調べてみると、日本で支払われた車の保険の領収書など。数年前の物なので書類自体に効力はないが、車体番号がついていたので調べてみると、Rさんが持っている車と同じ可能性が出てきた。「もしかしてあなたの車の書類かも?」というメールを送る。それにしても、インターネットでここまでわかるとは世の中便利になったものだ。 あんまり時間も使ってられないので、昨日の片付けと並行しながら教科書やノートやメモ類で再び食堂(とつい書いてしまうがいわゆるダイニングルーム)のテーブルを再侵略していく。途中先生から「ちょっと遅れる」と携帯メールが入るが、それでも宿題が全部終わらない。よっぽど授業を1日休もうか、でもそれで3か月内に収まらないのも困るし、と、学校で宿題を忘れました、という時の沈み込むような状況を思い出したりしながら先生をむかえ、「すみません、ここまでしか出来ませんでした。」と申告。「サワ(OK)」とあっさり言われ、授業中に練習問題をやってみる時のように、作文しながら訂正されながら 残りの部分を終わる。これだけサポートが入りつつなんとか作文できた状態だったので、もし授業を延期しても大して進展はなくて反って混乱してたかも、と感謝。今日は五番目の動詞の変化。途中まで分かっていた気がしたが、途中から、受身形との違いは?と混乱してくる。最後の方で他の変化と形態が一緒、という動詞の例を書きとりながら、英語の概念(綴りなどの基礎もだが)がそれほどしっかりしていないこともあって、どんな状況で使うのかますますわからなくなってくる。今日は宿題無しで、明日は今日習った変化を使った例文集とのこと。やった。土曜のように少しは分かった気になれると良いのだが。 「頂いた後で調べます」系の食品で、以前帰国前の人から頂いて学んだ食品の一つがチアシード。見かけはゴマのようだが、飲料などに入れると小さなタピオカのような感じになる。効能のほどはよく分からないが、使い方が手軽で食感が楽しいので、今回も他の所から頂いたものを消費している。10時のチャイとチアシードを透明なコップに入れてストローをさして飲んでいた飲みかけを先生が見て、「なにそれ?」と聞かれたので簡単に説明。丁度ボトル(写真)もあってケニアで作られたもので英語の解説が書いてあったので、説明が少なくて済んで助かった。普段賞味期限に厳しく対処しておられるそうで、「1月に切れてる!」と言われたが、「普通早めに設定してあるものだし、期限内で保存状態の悪い物よりは、保存状態の良い物なら私の場合は…」と説明。休み時間の間に、砂糖の摂取を気にする彼女のために、最近出始めたらしいファンタゼロのボトルと、少し水でふやかしたチアシードとコップとストローを用意して、「飲んでみます?」と聞いてみたら、試し飲みした後、「気に入った!」ということでした。プヨプヨの食感が嫌われるかと内心心配していたのでちょっと意外。
昨年6月の帰国前に送った3箱の船便が数日前に届いたという連絡を受けていたが、今日はその内容についてのメールを受信。最短の3か月で着いてくれて、日本で使う事を考えていたものだが、最長記録の方に入ってしまった。日本で時間がある時にゆっくり片付けようと思っていた訳の分からない書類も含めて、他の人の手を煩わせることになってしまい、申し訳ない。先日、「あれが入っていると思うのでそれはこうして頂ければ云々」というメールを送ったのだが、随分中身が違っているという連絡が入ってきて、一気に自分の記憶力に自信がなくなる。ケニアで発送した時の控えも、追跡のために日本にいる時からずっと探しているのだが、どういうわけか見つからない事も含めて。 今日は最後の6種類目の動詞の変化に突入。授業の後、すぐ宿題をしようとしたら、先生に「ちょっとブレイク入れなさい。」と言われてメール等にかかる。そのまま戻れず一旦就寝。 写真は、爬虫類の苦手な方は閲覧注意?のカメレオン。車を停めたすぐそばにいて、一瞬トカゲかと思ったが、折角なのでビデオと写真。お約束のように、ブロック塀を登りかけて失敗、の所を撮らせてくれた。よく見るのはトリケラトプスのように背中が高く盛り上がった形の物なのだが、これはちょっと細長めだったのでトカゲと間違いかけた。爬虫類は苦手だが、これは動きがゆっくりなので直接触れないで済む限りはまあまあ見ていられる。宣教師の子供たちは、よく「私のペットの何々ちゃん!」と嬉しそうに腕にとまらせて見せに来てくれたりするので、離れた所から「そ、そう、良かったね」と対応している。現地の人には禁忌の物らしく、子供たちがそうやって触れているのをちょっと複雑な顔でみていることも。毒があると聞いたが、体の一部を料理に混ぜ込むと猛毒で、普通は混ざらないものだから、それが見つかるとあきらかに故意という事で大問題になるとか、何か昔話で死者との関連があることから禁忌らしい。ホスピスの講習の時にそんな話を聞いたのだが、昔話の内容自体をうまく聞き取れなかったので現在捜索中。 .
今日は目覚ましよりも早起き出来たので、早めに宿題に取り掛かり、続いて昨日習った動詞の変化のまとめ、以前の授業の後で出来ていなかったディクテーションなど順調に進んだ。今日は今まで習った動詞の変化を全部まとめて表にするという話だったので、自分用の動詞別のカードを作ってみる。が。授業の中で事例として取り上げられたものはそのまま転記すればいいのだが、自分で基本的な法則を見ながら変化させようとするうちに、なんだかわけがわからなくなってくる。 お手上げになったところで時間切れ、授業が始まる。宿題の答え合わせの後、「では、今まで習った動詞の色々な変化を使いながら例文を作ってみましょう」と言われたのだが、ベースとなる変化があいまいな事にはさらに混乱が拡大する恐れがあるため、まずは自分で作りかけて頓挫したカードを見ていただいて訂正と確認。「あ、この動詞はこの変化をしないので空欄でいいわ」なんてあたりは、やっぱり先生がいないと分からない。英語の辞書だと、一つ単語を引くとその動詞の過去形は何、過去分形は何、と親切に書いてあるのだが、そういう辞書はまだないらしい。辞書が出来たら、名詞のクラス分けも書いておいてほしい。今の所手元にある「辞書」は、既成の教科書の巻末の簡略な物と、それに似たり寄ったりの本だけである。一つの動詞を変化させながら例文を作ったりもしたが、先生が一緒だと、不思議に変化もすらすらと分かるのは不思議。更に、「あ、それは特例でこう変化するからもうそのまま覚えてね」なんていうのは先生がいないとさっぱりわからない。 写真はビワの木。初期の頃、構内に勝手に木を植えたりしないようにとかペットの飼い方とか、色々決まりごとがあったらしいのだが、世代が進むにつれて色々あいまいになっている。というのは私より前からいる方に聞いて初めて知った。そんなわけでアボカドの木とかビワの木とか色々生えてきている。先日掲載したナンディ・フレームの隣にも実はビワの木が写っていたので再掲載。実がたくさん実るのだが、現地の人が結構早くに収穫して食べてしまう事と、子供たちが夢中になって登っていくので、いつか落ちるんではないかという事が気になってしょうがない。もっと待てばもっと美味しいのに、間引きをすればもっと大きくてジューシーなものになるのに、と思いつつも、実際どう上手く持っていけばよいのかわからないのも実る度に気になってしまう。
痛恨のミス。今日明日はいつも午前に授業を受けている人が不在なので、午前に2時間、午後に2時間、明日の午前に2時間でどうでしょう、と昨日言われた時、なにかやらかしませんように、と思っていたが。2回目の授業の時、気がついたら最初の30分を録音していなかった。未来形と過去形の混ざった例文を聞きながら、後でゆっくり聞き直そうと思って気が付いた。その時の例文は繰り返してもらったが、最初の30分はいつものように書きとらないでそらで例文を作ってみていたため、もったいないことをしてしまったがしょうがない。 昨日からあまり復習の時間が無いのだが、明日午前の2時間で終わると先生も週末に少し長めの一息がつけるらしい。自分も少しまとまって時間が取れるのを楽しみにしよう。 近所から2リットル100シリングで購入している牛乳を殺菌のために沸かす際に出てくる上澄みの塊をいつもJさんが冷凍庫に取っておいてくれるのだが、だいぶたまって来たので、バターとみなしてパイ生地にすることにする。練り生地の方はもう知っているようなのだが、層がたくさんできる方の生地も覚えてもらうと、今後の彼女の就職にも有利になるはず。クックパッドで見つけた、簡単なのにサクサクになる生地を覚えて欲しいのだが、最初にまとめる時に少し塊を残す、というニュアンスがなかなかうまく伝わらない。昨日最初の生地を寝かせる前に伝えたつもりだったが、朝見たらかなりしっかり混ぜられた生地が寝かせてあった。それでもそこそこ美味しいのは出来たのだが、もっと美味しくなるのになあ、とちょっと残念。自分もそんなにうまいわけじゃないから伝えられないというのもあるのだけれど。 写真はJさんが昼食に作ってくれたギゼリ。キクユ族の人の料理らしいのだが、堅めのトウモロコシの粒、豆、ジャガイモなど色々な野菜がゴロゴロと入っていて、栄養バランスも見た目も食感も楽しい。もう一つモキモというのもあって、マッシュポテトにカホロラというカボチャの茎や葉っぱを刻み込んだ白に緑が点在している所にギゼリが入ったような感じのものもある。ナイロビで良くお世話になるガレージ(車の修理工場)の人はキクユ出身で、いつかお弁当に持ってきたモキモを見せながら、「栄養バランスが撮れているだろ?僕はこれを毎日食べているから病気しないんだ」と自慢していた。2枚目はそれにさらにトッピングとしてアボカドと、バナナがついたもの。Jさんのオリジナルではと思うのだが、「一緒に食べると美味しい」とのこと。確かにちょっと酸味のある味がいいかもしれないが、普通に食べられる甘いバナナなので、酢豚にパイナップルは是か非かと同じ位意見の分かれそうな味だなあと思いながら美味しくいただきました。
昨日の朝使えたインターネットが、昨夕から使えない。「パスワードの期限が切れました」と出る。こちらからは何もしていないのだが。気が付いた時は午後5時を少し回っていたので、ITに電話をかけてみても、携帯メールを送ってみても返事なし。今日はまだウイークデーなので、日中かければ通じるはず。・授業の後で思い出してかけて見たら、あっさり直してくれた。最近帰国した人のと一緒に消されてしまったのではと推測するが、真偽は分からず。とにかく週末前に戻って良かった。 今日のクラスは、まったく予習復習が間に合ってなくて、後ろめたいことこの上ない。「進展は?」と聞かれ、いつもなら、「録音を2回聞きました」とか言える所を、」つい他の話題に逃げようとする自分が情けない。先生にはバレバレなんだろうなあ。 今日は否定形の復習が中心。「先生の言った文章を否定文にしてみましょう」を、覚えこませながら確認しながらのためにいつも書き取りながらやるようにしているのだが、「宙でやってみましょう」といわれてやってみると、まず最初に聞いた文章の特に後半部分が思い出せない、という問題が浮上。時制や否定形は文章の前半に来て、後半の動詞部分は肯定文と同じ事が多いのだが、時制や否定形に変換してやれやれと思う頃には最後の動詞の部分を忘れてしまって、「何でしたっけ?」ということになる。記憶術のように指を動かしながら反射で答えられるようにすると、「形」としては整うのだが、いくつかは「どういう意味だっけ?」という疑問が残っていく。そんなことを考えない方が早く返答できるのだが、まだ文章を聞いて場面の絵が浮かぶほど一つ一つの単語が頭に入っていないので、これは復習に相当時間がかかりそう。 写真は雹が降った後の溶け残り。雪は降らないが、雷交じりの雹が日中降ることは結構あって、視界が真っ白になることも。大粒の時は痛いし、車に乗っている時はガンガン音がするのでどこか壊れないか心配になることも。たっぷり降っても驚くほど早く溶けてしまうのだが、溶け残りがたくさんある時は、子供達、特に雪の事を知っている宣教師の子供たちが段ボールの切れ端を持ち出して、橇滑りを楽しむことも。この日はそこまで積もらなかった。
昨夜は速く寝ようと思っていたのに、ブログの更新が上手くいかなくて、もう一回、もう一回、とやっているうちに椅子で寝てしまう羽目に。まともなベッドで少し寝直して、明日のゲストの準備もしながら宿題の作文をしようとする。 昨年倉庫でなくて家の方の戸棚にしまい、留守中も出来れば使い続けてもらおうと置いて行った自動パン焼き機が、実は全く使用されていなかったことが昨日分かり、昨日Jさんが念入りに洗ってくれた中釜をセットして、とりあえず焼いてみる。もともと帰国されるご家族から頂いたもので、そのご家族も別のご家族から譲り受けたという中古品。まず1回目、大丈夫か?!という変な音から始まり、3時間ほどして出来たのが、いくら何でも、という仕上がり。今回、小麦粉をあらかじめふるわずに入れたし、ドライイーストも、冷凍庫から出して時間が経っていなかったし、先日帰国された方から「とにかく入れると色々良くなるのよ」と言われたパン用の粉も入れなかったけど。写真でもわかる位材料は混ざってないし、粉が白く残っている所もあるし、サイズは型の半分くらい。明日ゲストの昼食をパンにしようか迷っていたが、とりあえずまたご飯にしておこうと思っておいて良かった。また、ゆっくり気を付けてかみしめれば、とりあえず自分で食べることは出来る仕上がりまでは行ったので材料を無駄にせずに済んだ。 折角なので、今度は小麦粉をよくふるい、パンが良くなるという粉を入れ、砂糖と多めのイーストをまだ少し暖かい型の一番底に入れ、材料を全部入れてから30分待ってもう一度焼いてみる。結果は、初回より多少改善したものの、まだ型の半分くらいしか膨らんでいないし、粉が一か所に固まっている部分も。食べてみると、しっとりしてほんのり甘い部分と、塩気の強い部分がある。粉の所は、たぶんミルクの粉にダマがあったのを、混ざるだろうと思ったのが混ざらなかったものと思われる。ここでいったん中断し、まずは今回のパンを食べ切ることにする。たぶん日本の上白糖のように溶けないので、普通のパンの時のように砂糖を分量の水でなく湯によく溶かして、イーストを入れて泡が出てからのものを混ぜる、塩も粉ミルクも粉と一緒にふるってみる、バターを室温まで柔らかくして、かつ細かくちぎって散らばして入れる、を次回は試すことにしよう。頂き物の全粒粉の割合とかの検討はその後に。
先週ムファンガノという湖の地域に出ていた眼科と内科チームの報告があった。月曜から金曜の間に、といっても月曜と金曜は移動日だったと思うのだが、1万5千人の患者さんが見えて、診療や手術をうけ、200人の方が神様を信じる決心をされたとの事で感謝。宣教強調月間のまとめのメッセージ。前回より遅くなっても間に合うように、今回は早めに色々用意しておいたが、11時少し前に終わって感謝。助っ人に呼んだJさんが、ゲストの宿泊場所に個人的に声をかけてくれたこともあり、先週よりもやや多めの人数で予定の半数以上にはなり感謝。 礼拝の帰りに、教会から家までのちょっとした道がえらく混雑していて、その合間をビュンビュンバイクが飛ばしていくので危ないなあと思っていたが、午後の祈祷会の時は逆方向で大混雑。もうすぐクラス8(エイト)とフォーム4(フォー)の試験があるので、そのための合同祈祷会を近所の学校でしていたらしい。昨日は別の学校で行われていたので、そちら方面が大渋滞していたそうだ。日本でいうところの小学1年生ぐらいからクラス1が始まってクラス8で一区切り、更に進級する人はフォーム1になってフォーム4まで。更に進級する人は大学や専門学校などに行くことになる。日本の小中高の中の辺りで区切って2つに分けたような感じ。その2つの最終学年で全国一斉テストがあって、新聞やラジオでも実名入りで結果が報道されるし、成績トップの子にはテレビの取材が来たりする。個人のその後の進路にも大きく影響する他、学校としての評価、ランクにも影響するので、大人も子供も相当重くとらえている。試験会場には銃を持った人が護衛に当たったりしているようだが、それだけのプレッシャーの中、親も絡んだカンニング問題も良く浮上するらしい。スマホの普及で、問題が更に深刻化しているような話も耳にした。 宣教師同士の祈祷会が始まる前に、ムファンガノに参加していた方から、行きのボートでは水面が荒れていてちょっと危なかったことなど聞いた。病院の周辺は山なので参加スタッフには泳げない人が多かったため、一応ライフジャケット装着しているとはいえ、皆少々パニック気味だったとのこと。乗り込む前に、万一ボートがひっくり返ったら、互いにつかまったりせず、ゆったりゆだねて手足を広げ、力を抜くと反って浮かんで助かることを説明し、乗船中は皆で讃美歌を歌っていたと聞いた。写真はナイロビで安売りしていたマンゴー。4つで79シリング。こちらで日本の桃は缶詰でもなかなか見かけないが、良く熟したマンゴーはちょっと桃を思い出させる。
金曜日からの宿題は、今まで習ったことを全て生かして1頁の作文を書く事。テーマは自由。昔、作文自体は好きだったが、何を書こうかテーマが決まって滑り出すまで時々手こずったなあと思い出す。また、習った過去形だの受け身だの現在分詞系や否定形がブレンドされていないといけないというのが結構難しい。金曜日から、他の用事と並行しながら、ああでもない、こうでもない、と考えながらノートや前のクラスの録音をひっくり返したり、先生が以前出しておいてくれた総復習用の練習問題など解いたりしながら、ずいぶん色んなことを学んだんだなあと驚く。さらに、この短い間に、「こんなことそういえば習ったっけ」と早くも忘れている事があるのにも驚く。なんとかまとまって早朝下書き、清書終了。その後すらすら読めるように、区切りや高低のしるしをつけながら音読してみるが、なかなかスムーズにいかない。更に、自分でなんじゃこりゃ、と思うようなスペリングミスを次々発見。それで相当直せたと思っていても、授業本番に、「あー、この単語、後で確認しようと思ってしなかった分だ」という単語が似たような音で出来ているけど反転して間違っていたり。 授業後半は時間について。7時を「1時」と数える他にも、時間帯の区切り方が午前と午後の2つだけでなく、もうちょっと細かく分かれている事などを学ぶ。カリキュラムとして、授業の最初にこれを習うパターンも多いようだが、私の場合はこのくらいになってから教えてもらうのが丁度良かったなと思う。 帰宅直前のJさんが、別の家でニュースを見せてもらって、ボメット・カウンティの知事が亡くなられたと知ったことを教えてくれた。女性の知事で、健康問題の改善などにも積極的に取り組んで下さっていた印象がある。再赴任してから、現在病気療養中なのでお祈りを、とあちこちの集まりで耳にし、また祈られていた。色々準備にも時間がかかるので、ご葬儀など詳しいことが決まるのは2週間後くらいになるだろう、とJさんが言っていた。
写真は今期初めて作った豆腐。日本から送っていただいたにがりと、現地で買った大豆で作ったもの。数年前に、北陸の牧師先生が、「向こうで何が懐かしい?」とか聞いて下さった時に、「なければないで済むものではありますが、豆腐とかこんにゃくとか乳酸菌飲料とか」と言ったら、インターネットで素人でも作れるレシピを探して下さった。当時はまだインターネットがほとんど使えなかったので、「インターネットってこういう風に使えるんだ」という意味でも勉強になった。専用のかごとかはないので、さらしでしぼったそのままの形。のちにゲスト用に麻婆豆腐になった。おからはひじきと一緒に炊いて数日分のおかずになった。それらの写真も撮れば良かったが、今日はこれだけで済みません。
今日の授業前のお祈りでも先生が知事の方が亡くなられたことに触れ、今の所このカウンティ(日本でいうと県のような地域の区切り)が平穏に経過している事を感謝しておられた。自分の投票した候補者が落選すると自殺してしまう人がいるという位、深く影響される方々も多いし、現職の方が亡くなられたので、これから選挙なども控えているため、必要なお祈りである。
時間に関する宿題の答え合わせと復習の後、今日はいくつかの副詞の勉強。お陰で、今まで言葉としては知っていたあるスワヒリ語の讃美歌の意味がよりちゃんと分かった。
今度の日曜日は8人くらいのボランティアの方々に加えて今週赴任予定の8人家族をお迎えする予定なので、Jさんに今から色々仕込みをしてもらう。今日は可能な野菜の購入と、彼女が覚えてくれて、頼めば説明なしでしてくれるコロッケ。若い人もいるだろうから、少しお腹に貯まるものを食べておいてもらおうという下心。今日は皮ごと茹でてから皮むきしてつぶす、という方法を取っていた。後で教えてくれたが、皮をむいて茹でた場合は、しっかり湯切りをして、出来れば一晩おいてからにしないと水分のせいか揚げた時にコロッケが崩壊してしまうそうで、試行錯誤の末にこの方法にたどり着いたのだとか。そんな苦労をしていたとは知らず、頭が下がる。
写真は3度目の正直で上手く行くはずが、前回まで以上の大失敗になってしまったパンと、4度目でやっとパンになったところ。これで安定して上手く焼ければコロッケ用のパン粉も自前で出来る。ナイロビだとパン売り場でパン粉も売っていたりするが、今の所は安い食パンを買ってきてもらってトーストしてから砕く、という手間を取ってもらっている。3度目の半分を占める「粉」は冷凍してあとでお好み焼きもどきにして消費した。
スワヒリ語の先生から、亡くなった知事の方のエピソードを伺った。外圧もあるのかは知らないが、都会では女性の官僚や会社の幹部などが登用されている割合がかなり高いようだが、一方で、女性の地位とか、女性が表に出る事、指導的な立場に立つことへの抵抗等は特に地方では非常に強い所も多く、その背景が絡んでの問題も病院受診の原因となったりする。彼女の場合、男性票も無ければ当選は出来ないわけだから、十分な男性の支持も得られたという事で前からすごいなあと思っていたが、選挙の時は大変だったそうだ。彼女はカレンジン(カレン人、かと最初は思ったが、「カレンジン」という部族)出身の最初の女性知事なのだそうだ。他の部族の人と結婚してしばらくはご主人の方の土地に住んでいたらしい。それが「地元を離れた」「自分の部族を愛していないのでは」という事で攻撃されたそうだ。また、女性という事も大いに攻撃の対象にされたそうだ。話してくれた先生も、「まあ、政治というのはダーティーゲームなところはあるものなんだろうけれど」と、前職の知事(たぶん当時の対立候補)がその点を非常に攻撃した例を話してくれた。ある教会の資金集めの集まりに、選挙活動中の彼女が招かれて出席した際、教会の敷地の入り口で待ち構えていた年配の女性たちが大量の血液を彼女に浴びせ、「女性のくせに人の上に立とうなんて恥を知れ」といった激しい言葉の数々も浴びせたそうだ。そのまま彼女は血まみれのスカートのままで教会に入り、驚く人々に何があったかを説明し、用意した献金を捧げて、でもやはりショックだったのか、長居せずに帰った、という事だった。実はそれを準備したのは前職の知事で、今回彼女の病床でそのことを涙ながらに話して許しを請い、まだ意識もしっかりして応答も出来た彼女がはっきりと赦した、という話だった。「他にも、彼女について色々言った人たちが、たくさん悔い改めをしないといけないと思う」と先生がおっしゃっていた。別の件で、この近所でも「女性だから」という事で起きた心の痛む一例も聞いた。
写真は、例のパン焼き機で生地モードにしてみたところ。実は4度目の食パンの時に、パン自体はまずまず焼けたのだが、型から少し水分が漏れて本体と焦げ付いてしまい、このまま永久に取れなくなったらどうしよう、という問題があった。何とか取れて、あとは焦げ付きを、本体を気づ付けないように、一膳残っていた割りばしでこすり取り、こわごわ使ってみた所、動いてくれてほっとしたものである。ロールパンのレシピで作っていたのだが、成形の段階でなんだかクロワッサンみたいな形になってしまった。でも火も通ってちゃんと焼けたので、お昼のゲストにも出せた。
ご無沙汰しておりました。最後の日付が2019年。自分がアフリカ関係のブログを見て色々助けられたことも考慮しつつ、アフリカで看護関係の事を、と思ってこのブログにたどりついたりするんだろうなー、でも、最初料理とかの話題ばっかりで、これから仕事、という段になって、本人が忙しすぎてアップできませんでしたって、一種の詐欺だよなー、と思い「今度こそ」と志を立てる事数回、しかし今日まで実行に至らなかったという・・・。もしかして更新したかなー、と何度かチェックして下さった方もおられるかもしれません。お時間を無駄にしてしまい申し訳ありませんでした。今までの音ノート1,2,3の方が、もう少し現場の話題があったのに、と反省しきり。勿論個人を特定できるような事は駄目とか色々あるにせよ。こっち側のCOVID-19状況はどうだったのか、とか送れば良かったですよね。さて、3年近くが過ぎ、帰国予定も迫ってきてしまいましたので、音無し、写真無しノートになる可能性大ですが、取り敢えず再開して毎日何かは書こうと思います。取り敢えず次の波が来るかは別として、今の所COVIDー19に関しては小康状態、規制も諸々緩和されてきています。マスクしてないと逮捕・罰金、夜間外出時間に抵触していたら銃撃されるとか、そういうのはなくなりました。あと、5月1日のメーデー(ケニアでは国民祝祭日)が日曜日だったので今日は代休、先週の金曜日は以前大統領だったキバキ氏の御葬儀のため今年だけの休日、明日5月3日はイスラム教関係の休日(年によって変化する)と色々重なって、今年だけ大型連休です。手術室はあんまり連続しすぎたりすると支障があるので、3日の休みは13日に取る事になりました。昨年から、手術室だけは、週の半ばにかかる国民祝祭日はどこかの金曜日が月曜に移動する、というのをやってみています。「その日」に休みたい、という希望もゼロではありませんが、土日と絡めると連休になって、少なくとも一部は長めの連休をとれるから、です。もう少しスタッフが増えると、もう少し多くの人が連休を取れるのですが。今日はここまでと致します。
先ほど戻りました。「今日」書くはずがあやうく明日になるところでした。5時に帰るはずだったのに、さて。明日は5時頃に会議だったので休みを貰っておいて良かったと思う次第。長期休み明けの初日だからちょっと飛ばすかなとは思ってましたが、ここまでとは。
今日は早く出ようと思ってちゃんと出られたのは感謝。8時出勤の所、7時前に出て7時少し過ぎに着いて(徒歩5-10分)、メインの荷物を降ろしてまた帰宅、休みの間にナイロビで購入出来た備品などをキャリアー(いわゆるコロコロ)に積んで再出勤。
まずは各部門のスケジュールを写真に撮って正面のボードに今日から3日間の夜勤と当直の面々の名前を記入。夜勤の麻酔科は誰、回復室は誰、夜勤のスタッフで直接介助と間接介助(所謂手洗いと外回り、またはスクラブとサーキュレーター)は誰、清掃スタッフは誰、等々と思った時にまずそれぞれのスケジュールがどこにあるのかよく分からないとかいう人にもすぐ分かるように、という主に医師からの希望で一覧表を作ることに数年前からなっている。短期のボランティアとか、ローテーションが始まったばかりの研修医とか、他の病棟から駆け込みで麻酔科を探しにきた人とか、夜勤婦長でとりあえず救急のために当直の面々を呼ぼうとする時とか、様々に助けになっている模様。こちらも助かるし、休みの人が当直になってる??とかのミスを見つける助けにもなって感謝。単純なようで結構時間を取るため、休みの間は誰も書き換えられなかった模様。みんな忙しいものね。休暇前に担当を指定しなかった私のミスでもあり。近い将来的にはこれも引き継がないと。
ここまでは予定通りだったのですが。
XXの鍵が無い?とりあえず主任室の合鍵を一時貸し出し、でも全部はそろってないので引き続き捜索するように今日の担当スタッフに要請。手術室スタッフ用のワッツアップ(ラインみたいなアプリ)で「誰か知らない?」と発信。今日の担当スタッフは、連休前に清掃を担当したスタッフが、TSSU(手術室内の滅菌物供給部門)に持ってきた、までは突き止めた。少ししてから主任が「ごめん、ワッツアップ見た。他の鍵と間違えてオフィスのここに保管してた」とやってきて一件落着。紛失でなくて良かった。
電子カルテの記入に使う麻酔科用のXXのタブレット(端末)が一個足りない??(これは深刻かも。)連休前の夕方に返却した人、受け取って充電した人、は記録もちゃんと残しているし記憶も確か。こちらは大々的に捜索せず、まずは麻酔科主任・副主任と手術室主任・副主任に携帯メールで連絡、麻酔科用のワッツアップで聞いてみてもらう。昼頃になって一人のスタッフが、「昨日の当直から使っていて、そのまま眼科の手術室(やや遠い別の建物)で使ってました。一段落した所で今ワッツアップを見て探されている事が分かったので」と主任室(オフィス)にやってきてくれた。「その時記録していてくれれば」「書き方が分からなかったので」というわけで当直や夜勤などどの部屋で使うか分からない場合はこう書いて欲しい、と説明して書いてもらい、めでたしめでたし。最悪の事態もちょっと考えていただけに、よ、良かったぁ。感謝。
昨日書いたように今日は祝日で、いつもなら少数(ざっと30人位)で緊急手術のみに対応するはずが通常稼働になったので、昼食も通常の数(100食近く)が必要、という事を、病院のキッチン副主任が向こうから朝電話をして確認してきてくれたので、無事全員分の食事が用意された。ただ、いつもなら朝早く(4時とか5時らしい)から200枚近くのチャパティを用意するはずが、8時頃に確定になったので、今日はチャパティは1枚だけでご飯も、になります、とかちょっと遅れます、とか色々大変だった模様。後で聞いたら、逆に先週の金曜日は、平日が急に祝日になって手術室も休みになったので通常の人数分作ってしまったとか。「もしかして無駄になってしまった?」とドキドキしながら聞いたら、そこはあちこち配って無駄にしなかった、との事。でも大変は大変だったそうで申し訳ない。主任一名、副主任二名、で最近は一人が長期休暇に入ってもよそからの補充は無く、前もっての連絡に充分手が回らなかったとはいえ。食べ物の恨みは、ではないが、ストレスの多い手術室でオアシスになる食事関係に何かあると、温厚なスタッフ達が強硬に反応してしまう可能性もあるので、予防的に再びワッツアップで「本日は連絡の遅れでいつもとちょっと違う献立になります。ごめんなさい」と連絡、手術室の奥の方に設置された食事する部屋のボードにも同様の内容を書いておく。さらに、ワッツアップグループに含まれていないドクターなどが強硬姿勢になる事を予防するために、メッセージの中に、「もし違うグループの人がなんか言ってきたら配膳担当の人が困らないように助けてね」も含めておく。自分が昼食に加われるか不明のため。で、今日もご飯は食べられなかった。残念。それから、キッチン側に文書できちんと欲しいという事で、次回の祝日、6月1日も水曜なので通常運転、そして別の日に代休を取るのでその日は週末並みに少なめの人数でお願いします、という情報も含めて作成、印刷、サインしてハンコを押してキッチンのオフィスに届けた。
そんなこんなでウェモ(日本の電化製品量販店で見つけた文具。手首に巻き付いて、書き込みが出来る再利用可能な物)が一杯になる位発生した要件の書き込みと達成して消去、を繰り返したりしながらなんだかんだで深夜の帰宅となったのでした。
それではまた。
3日のうちに書き始めたものの、いつもより長くなって結局日付を越えてしまって、その後ちょっと欲張って卒後研修のページを開いたものの、いつの間にかテーブルで寝てしまい、変な時間に起きてからベッドに移動して寝直して朝寝坊したからか、夜になって「あれ?ブログ書いたっけ?」と思いながら寝てしまい、5日の朝目が覚めて最初に思ったのは、「あ、忘れた」でした。3日坊主どころか2日でこけてしまうのも何なので、とりあえずメモ程度に。
携帯も別の部屋に置きっぱなし等々で、目が覚めたのはもし勤務だったらぎりっぎりの時間。休みを貰って良かったーと思った次第。
休みを取ったそもそもの理由が、5時からの危機管理委員会。事前に読んで訂正なり修正なり提案なりしないといけなかった書類をゆっくり読むため。それから、一応日勤は8時から5時とはいえ、昨日の感じでも、もし勤務に出ていたら、5時前に抜けるのは無理、と思ったため。
ただ、今日あたり出てきてくれると皮算用していたJさんが、「来週から来ます」と携帯メッセージをくれたので、当てが外れて、雨水タンクから水を汲んで火にかけて、飲料水用に煮沸したり、ちょっと出て、野菜や牛乳を買い足したり、予想外の仕事も入って、大したことをしないうちにどんどん時間が過ぎてしまい、あっと言う間に会議の時間。
8月の大統領選挙前後を中心に、以前似たような状況で作成された資料をもとに、Go-Bag という非常用持ち出し袋の中身とか、非常用連絡網の順番とか、現在の危険度の評価とか、危険度評価表の検討とか、もしもの時の車に乗る面々の割り振りとか色々。私は別にこうしたことに向いているわけではなく(むしろ向いていないと思う)、日本大使館からのメール情報が有用だから、という事でメンバーに加えられた模様。今期はあまり出来ていないが、必要な情報は翻訳して転送するようにしていたため。「日本大使館からの情報は細かく実際的で助かる」と好評。例えばナイロビで政治集会がある模様、という情報にとどまらず、「なのでXX通りとXX通りを迂回して下さい」等の具体的な情報が助かっているのだと思う。
現地の方を加えて、今の状況や展望を伺ったり、建築関係のゲストを加えて、建物としての改善方向や、彼の立場から入ってくる情報を伺ったりもして、2時間半近くで終了。
朝一番で言われたのは、現在滞在している建築チームからのアンケートの記入を至急、それから建築中の心肺センターに設置するナース関係の設置の件で相談があるので、10時に現地集合、との事。
まずはアンケート、V主任が「集中できるように別の部屋で」と提案したのを、朝のあれこれがあるしもう一人の副主任は休みだし、と思ってこのままオフィスで、と返事した私は間違っていたらしい。業者さんが来て面会希望、手術見学の人たちが来て手術着を見繕ったり更衣室に案内したり、医師からの物品探しの依頼等々が入ってぶつぶつと途切れ、2部合ったうちの薄い方と、もう一つの分厚い方を少し、で時間切れ。
心肺センターへは、一旦病院の外に出て道路から少し歩くので、家から着てきた方の制服に着替え直し。着替えている途中で、これから聞かれるシステムの事を日本で何と言っていたかなー、がずっと出てこなかったのが、あっ、「ナースコール」だ、と思い出してちょっとすっきり。
建物がちょっと遠くて、以前別の件で行った時に「歩いてきたの?!」とバイクに乗って移動してた担当の人に言われた事がある。散歩にはちょうどいい、気持ちよく木立の中を抜けていく道だが、早く行かないと、という場合にはちょっときつい。こんなに急ぎでなければ歩くのは好きだが、スクーター?バイク?ラバ?ロバ?馬?せめてモーター付きのスケートボードみたいなもの?がちょっと欲しい、と思いながらとにかく早めの歩き。私の場合、走るという選択肢はあまりタイムに変化が出ず、転倒の危険が増すだけなので、焦り過ぎないように気を付けながらとにかく進む。
業者さんが、量販店で見かけるような配線付きのボードにサンプルを並べて、実際に点灯したりアラームを鳴らしたり、受話器で会話させたりしながら説明と提案。
普通部屋用、個室用、豪華な個室用、多機能付き、手術室用、等々あったけれど、建築の方の主任の、シンプルに、分かりやすいように統一して、ただし、音声でのコミュニケーション機能は必須で、という方針には賛成。過去に献品されたベッドにたまにナースコールのスイッチが付属していたりしたが、本当に使用するのは病院として今回が初めて。ナイロビの方の病院には導入している所もあるそうで、そちらのナースに感想など聞いてみてください、と業者さん。
今時の(?)システムらしく、電子カルテと連動してベッドを移動すると連動して名前も書き換えが自動的にされるように出来るはず、とか、モニターと連動して、患者さんが呼ばなくても数値に異常があれば勝手にアラームが鳴るようにも設置できるとか。(ただし機械がヨーロッパ仕様でないと駄目らしい。コネクターの形が、見た事があるような無いような。アメリカから献品された機械類とは合わない可能性有り。)
今回の初めてのナースコールが上手く機能したら、元の病院の方にも後々配備される可能性もあるかもしれない。まずは事故なく、スタッフが運用に慣れて効果的に使用できることが出来れば。等々考えながら手術室に戻って今度は内部に入れる手術着に着替え直して午後の部に突入。
今日は日本のZoom参加のため休日をとる。今週は5週間の勤務表なので、日曜の他に3日の休暇が申請できる。
日本との時差は6時間。日本で午後7時半からのZoomに参加するには、ケニアの午後1時半からフリーになる必要がある。一度出勤して午後休という手もあるが、実際にその時間帯に抜けるのは難しい。昨日の見学者の使用した手術着とか、他へ移動したスタッフから返却された手術着とか、選択しながら午前を過ごす。湿度が低く、洗濯物の乾燥が早いここではあるが、午後2時頃から一雨来るパターンが多いので、大体の所で取り込み、Zoomに集中。午後3時には終わったので、残りの選択の続きをして、明日朝から干すことに。
午後6時半からは、アメリカ方面の女性大会のZoomがあり、みんなで見よう、と企画して下さった方がおられるので部分参加。明日も一日企画されているが、今日の日本のプログラムと丸かぶりで参加できないこともあり。
スナック持参になるかと思ってFlax Seedというのに砂糖と水と酢を少々混ぜたものを作ってみた。イメージは、ここでシムシムと呼ばれる、飴で固めたゴマやナッツの板状のものだったが、Flax Seedが砕けていたせいか、分量のバランスか、グミっぽくなってしまったので却下。とりあえず冷凍庫に入れて、どうなるか様子見。自分ではFlax Seedなんてよく分からないので買わないのだが、帰国前のご家族の在庫整理の時に頂いて、試行錯誤しながら使っていた残り物。
朝8時(日本では午後一の部)から昨日の日本のZoomの続き。良く準備されて素晴らしい内容だった。ここに居ながら日本のプログラムに参加出来るのは良いのだが、連休のためか色々な企画があり、特にもう一つ別のプログラムに参加出来なかったのはちょっと残念。
洗濯物は朝から干せたのだが、プログラムの合間にほとんど乾いていたので取り込もうかな、それとも、と迷ったのが失敗の元。2つ目のZoom(日本では夜の部)の途中、丁度きりの悪い時に土砂降りを察知。今駆け出すと肝心なところを完全に逃してしまうので。ここに赴任した時、雨でも夜でも干しっぱなしの現地の人を見て豪快というか、おおらかだなあ、と思ったし、ちょっとまねしてもいいよね、いつものパターンだと降りやんだ後はその後がすっかり乾くぐらいカラッとするし、と内心で言い訳しながら。
ところが、異常気象の影響がここにも、なのか、カラッとするはずの大雨後にずっとしとしと降っていたので、取り入れるころにはむしろ脱水後よりもびっしょり。これでしわが取れればいいか、と思いながらとりあえずハンガーにかけ直したり、ラックに引っ掛けたりして家干し。明日は日曜日だし、月曜にJさんが来てくれたら、ちゃんと干し直してもらおう。
Zoomの最終部はネットが不安定だったのでビデオ無しで参加。昨日のスナック持参なり損ねは、結局グミよりも柔らかめの不思議な食感で終わった。これはこれで美味しいけれど、万人受けするかは微妙。丁寧にFlax Seedの粒々を噛むと眠気防止にもなり自己消費。
母の日。今日はネットで礼拝参加。フェイスブックでAGC, Bethesda Church, 等と入れて検索すれば、今からでもYouTubeで配信された礼拝が見られるはず。
赴任当初の2000年頃は、現地では認知度が低かったように思われる母の日と父の日だが、昨今は教会としても大きく取り上げている。ナイロビ辺りの大手スーパーマーケットなどではしっかり母の日セールなどが開催されている。今日は、いわゆる母である方々のみならず、例えば教師、例えばナース、例えばドクター、例えば今後母になる可能性のある既婚女性、とどんどん拡大解釈されてほとんどの女性が集会場の前方に招かれて花とお菓子が配られた。最近男性用のバイブルクラスのテキストなどがあり、受講修了者の男子部が活発になっているので、もしかして男性陣の手作りのお菓子?と思ったがそれに関しては説明が無かったので不明。
年次休暇が終了して出勤している所を見かけられたからか、今日は久しぶりに呼び出し。脳外科のドレーンがしまってある場所の鍵を開けて欲しいという依頼。在庫ゼロな事が判明。いまだに払底する前にオーダーする、という事が諸事情によりなかなかスムーズにいかない。もっとも、前もってオーダーしたからといって必ずしも在庫を切れ目なく維持できるわけではない、という事はあるのだけれども。
休暇中献品されたような感じのトランクの中にもしかして、と思って探した所、一つだけ代用できそうなものが入っており、感謝!
明日のやることリストの一つは、ドレーンのオーダーに決定。
ちょっと今朝はギリギリ、と思っている所に電話。心臓外科で必要な物品で、倉庫にあるものを補充したいので鍵が必要との事。
取りあえず、鞄もコンピューターも飲み物も全部持たずに、オフィスの鍵だけ持って病院へ。倉庫のスタッフはまだ来ない時間帯なので、こうした時のために特例で保管させてもらっている倉庫の鍵と、倉庫の中に仕切られて手術室用に貰っているケージ(小部屋)の鍵束を手術室のオフィスから取って倉庫へ。
ところが、倉庫の錠前とドアの鍵を開けて中に入り、ケージの前まで来たところで、違う鍵束を持ってきてしまったことに気が付く。がっくり。オフィスに戻って鍵束の入ってるかごを探しても、あれ、無い?とってもまずい事態では?いくつか貰っているケージの中で、今開けないといけないケージのパドロック(錠前)は確かスペアがオフィスに無かったはず。倉庫の主任とか、別口で関係している医師とかにスペアを渡しているから。念の為、スペアキーのある場所を開けてみるが、やっぱり他のケージのしかない。もともと呼び出したスタッフG氏に再度チェックしてもらいながら、主任に電話。心当たりがないそうで、土曜出勤だった副主任に電話。土曜はかなり頻繁に出番があった鍵束だったそうで、もしかしてまだ回復室のどこかにあるかも?という情報。自分では他の方面から探りながら、G氏に伝えて探してもらう。見事見つけてくれて感謝。
一緒に倉庫に行って、とりあえず必要なものを取り出して持って上がってもらってから、一人残って届いたまま放り込まれて整理されていないケージのとりあえずの整頓。本当は本来のスタッフを巻き込んでやった方が将来的には良いのだけれど、今の時間帯は各部屋の手術が始まるところで、あれがいるだのこれがいるだのバタバタしているだろうから、一人引き抜くのは難しいだろう。今しないとらちが明かないというか仕事にならないというかの緊急性もあるし。ひと段落着いた頃には9時を回っていた。いったんオフィスに戻り、主任に一言許可を貰って、朝置いてきた荷物類を取りに行く。丁度よく、本日から復帰のJさんがうちの鍵のありかを尋ねる電話をかけてきていた。戻って家の鍵をあけ、スペアキーをJさんに渡して、仕事上りの時に、前に預かっていてもらった家族にまたお願いすることにする。
ドリンクを仕入れて鞄ごと再出勤してなんだかんだとあって夕方になった頃、心臓外科の2件目が今から始まるので、軽食か夕食の手配を、という話になる。これで今日は遅くまで私も帰れない事が判明。詳しくはまたいつか。
アスレチック回。
中央材料室の主任さんが、朝の9時から倉庫の方に来て欲しいと言われ、何だろうと思ったら、経理の主任さんが新しくなって、もう一度手術室関係の資材を数え直してほしいとの事。近い将来倉庫のスタッフが主体になって手術室関係の物の在庫管理ができるようにしたいという事もあるらしい。
年末にも、システムが新しくなるからとかで3月頃にもやったのにー、と思わないでもないが、そういう事ならもう一度。
手術室の物品は移動が激しいので、数が変わらないうちに、の短時間勝負。とはいえ、ほとんど一日がかりとなってしまった。昼に倉庫が閉まるタイミングで一度手術室に戻った時は外の業者さんに注文するための依頼書をタイプしていたので、なんだか物品三昧。
今日は一日、病院のスタッフ製造の寄せ集め資材で出来たような棚をよじ上ったり下りたり。足の置き所、手をつく位置、関節の可動域などを考えながら手足を動かす順番も考え、下りる時は先に手の位置を下げて余裕があるように「ため」と作ったり。何年か前に、修養会の宿泊先のレクリエーションで、室内で命綱をつけてウォールロッククライミングとかなんとかいうのをやった時、カラフルで大小様々、色々な形の石が角度をつけたコンクリートの壁に埋め込んであるところに、ルートを考えつつ手足をかけてよじ登る、というのをやりながら、「これ知ってる。毎日のように倉庫の棚でやってたわ」と思った事がある。倉庫でにっちもさっちもいかなくなった時、必ずしも助けが得られるわけでないので、にっちもさっちもいかなくならないように、事前にルートを考える、または作戦を立てる、のは重要。明後日辺り(明日すぐ筋肉痛になるほど若くないとは思っている)筋肉痛になりそう。
夕方遅くに手術室のオフィスに帰って残りの仕事をしつつ、昨日遅かったから早く帰ろう、と思った所で、形成外科の手術をしている部屋がもう数時間かかりそうなので、軽食等の手配をして欲しいという依頼。出ようとすると面会希望のご家族につかまったりとかしているうちに、8時を少し回ってしまい、8時で閉まるはずの病院内の売店へ急行。時間超過にもかかわらず、必要なヨーグルト(飲むことも出来るやや緩めの形状、500ミリリットル入り)を購入させてもらえて感謝。ところがそのほかのチャパティだとか、スープだとか、ウガリミックス(白いウガリにブラックウガリと呼ばれる紫のギミエットを混ぜたものかと思いきや、白いウガリはそのままで、スクマウィキ(ケール)を細く刻んで炒めた物にもし出来たら肉切れも少々炒め合わせてあるものが添えてあるもの、という意味だと学習した)が手に入らない。いつもの業者さんは電話が不通だったり、連絡が取れても「もう店じまいしてしまったので」という返事だったり。最後の人は「Gさんだったらまだやっているかも」と教えてくれたが、電話番号が分からないという。
うちで作るにしても、最後の工程で力が必要なウガリは自分では美味しく作れないし、チャパティは間に合うかどうか、スクマ(スクマウィキ)も今家に無いし、ここで言われるところの「スープ」が作れるかどうかは情報が足りな過ぎてたぶん無理、うーん、と思いながら、どうしようどうしたらいいですかと内心で祈りながら取り敢えず足を動かしてスタッフゲート(職員通用門)に到着。そういえば休み中に野菜を買いに行った時に、簡易なレストランというかお食事処(ホテルとかホテリとか呼ばれるものの宿泊機能が付いて無いもの)を見かけたなあ、まだやっている所もあるのだろうか、と思いながら守衛さんに情報収集。先のGさんの所まで、一人一緒についてきて下さる事になった。「ごめん、何も手に入らなかった」とスタッフをがっかりさせて空腹で帰宅してもらう羽目になる代わりに、無事にスタッフの希望通りの食品がすべて手に入り、感謝。
手術も思ったより早く終わり、また心臓外科と違って職種のバラエティーが広いために自由になって軽食を取りに来られる時間帯が数時間にわたることも無く、9時半には帰宅出来て感謝。昨日の12時半からだいぶ進歩。
「コビッド イズ バック?」(またCOVID-19が流行っているの?)
病院周辺在住の数家族が、新型ウイルスに感染しているという報告があり、ここの所小康状態だったのでマスク無しでリラックスしていた人たちにも注意を喚起した方が、とある部署の主任に伝えた所、主任に声掛けされたスタッフの反応が上記。
これが「波」の到来なのか、局地的なものなのかは不明。
明日は主任も副主任も不在なので早めに帰って休みたいなと思っても、3時過ぎに「実は2分前から始まっているはずの会議に出席してほしかったんだけど」と連絡が入って、主任だけでなく私も出るように、との事なので出席したら6時過ぎまでかかり。それでもコンピューター管理の新システムの中の手術室関連の項目はある程度まで区切りがついたので感謝。その分次の項目の人まで時間が回らず後日、になってしまったのは申し訳なかったけれども。また、軌道に乗れば素晴らしいシステムだが、その前提として誰がいつできるのと大いに疑問が生じるとんでもない仕事量が予想されるのだけれども。